ご無沙汰しました

 この一ヶ月、身の回りに色々な出来事が一遍におこり、実に大変な思いをいたしました。お蔭でブログもずっとお休みをしてしまいました。
 何時も申し上げているように、私どもの業界は万年不況の嵐が吹きまくっているのですが、その中で、この春以降は更に消費が一段と冷え込み、業界は頭を抱えている人が多いのです。
 このままでは呉服業界は10年を待たずして消滅すると云う人も最近ではめっきり増えました。大変悲しいことです。
 中でも最近目立つことは、この数年目立って増えてきた若い年代のお客さまが、減り始めてきたという現実がございます。流行の流れと云ってしまえば、それまでなのですが苦しい中での唯一のきもの復興への希望の光でした。
 しかし、今までの流れを見るとき、若いお客さまのきものへの関心は、大部分の方が残念ながら一過性のものとしか言いようがありません。
 きものは日本の文化です。しかし、今の日本では過去のノスタルジアとしての存在ではあるものの過っての文化への回帰としての流れは、もうないのでしょうか。最近の世相を見ても、余りにも独善的な、独善的過ぎる酷い事件が日々報道されています。
 このような事が日々起こるのは日本の文化の
嘆かわしい変質と思いますが如何でしょうか。
 私はきもの消費の衰退も今の世相の酷い話も全て同根のもの考えております。
 過去が全て良かったとは思いませんが、良いものは大事にし、発展的に変わっていくところに文化の価値があるのだと思います。
 このままではきものも無くなるかもしれませんが、日本と云う国も滅びてしまいます。
 何とか皆で日本の文化を再評価するようになりたいものです。
 話題を変えて最近私どもの店に起った出来事をお伝えします。クレイマ―と云う言葉をご存知ですか。
 私は不幸にして知りませんでした。後で聞けば最近話題の一つになっているそうですが、私どもの店でその被害を蒙り、少なからぬ損害を受けました。
今でも先方の意図が完全には分からぬままですが、この不況の折、私どもはお客さまを殊更大事に日々営業をしております。それでも、こような事が起るとは思いもよらぬ出来事で、不徳の至りを痛く反省をしております。
詳細は申し上げても詮無いことなので省きますが、痛手は痛手として、これからの日々商売に更に励むしかありません。頑張って頑張りぬいて呉服復興の道を目指したいと思います。

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物事の本質

戦後、日本人は良く働き世界第2位の経済大国を作り上げました。一億総中流とか云い貧富の格差感の少ない、ある意味では世界に類の無い良い国になりました。勿論、一部の富裕層から不満の声が出ておりましたが、私などは、一定の評価をいたしておりました。しかし、バブル崩壊を経た今日は、勝ち組とか負け組とか云われる社会に変貌し、貧しい人は益々貧しくなりました。

私は冬の北海道で、暖房費を節約するためと云って、暖房を切り、早々と布団を被り寝てしまう一人暮らしのお年寄りのテレビ映像を忘れることができません。本当に弱者には辛い世の中になりました。
他方、地球のグローバル化は加速度的に進行し、問題は単に一つの国に留まらず、人類全体に大きな影響を与える時代になりました。それは二酸化炭素の排出に象徴される地球温暖化現象などの自然環境などの問題に留まらず、サブプライムローンに端を発する金融危機、原油価格の高騰などの経済問題、また国際テロリズム、そう遠くない将来やってくる食糧危機など、おざなりの対応では、とても済む話とは思えません。
  今こそ傑出したリーダーの存在が必要です。高邁な将来ヴィジョンを掲げる、強い使命感を持つ人を。こう云う思いは私一人ではないと思います。世の中の多くの人が待ち望んでいると思います。故に、今の既存政党の党利党略には、国民はいささかうんざりしているのではないでしょうか。国民が待ち望んでいるのは、日本はかくあるべきとの将来像を描ける政治家の出現です。ですから、失政続きの自民党も駄目なら、そればかりを追求している民主党も支持が集まる筈もありません。
  こう云う国にしようと唱える政治家が出現すれば、国民は雪崩を打って支持をすると思います。数年前の小泉さんがそうでした。小泉さんは将来像を示すことは全くなかったものの、改革の言葉だけを叫び、ただそれだけで、あれだけの人気を博しました。本当には国民は改革の先にあるものを期待をしたのです。
  それなのに、今の政治家は愚かと云うか、馬鹿と云うか、国の将来像を何故示せないのでしょうか。不思議でなりません。例えば豊かな国が良いか、貧しい国が良いかと云えば誰であっても豊かな方が良いに決まっています。弱者に手厚い思いやりをと云えば、大概の人は同感と答えるでしょう。そんな事当たり前の既成概念だと云う人も多いかも知れません。しかし、今の世はこの当たり前のことがなおざりにされているのです。だから不思議な世の中なのです。
  期待をされるリーダーは、先ずこの辺から確りと明確に説き起こし、こう云う日本を作りたいと将来像を描いて欲しいものです。そして、それが形ならば中身は失われた価値観の再形成、再構築だと思います。今の社会問題の大半の原因は価値観の変質が齎したものなのですから。

しかし、この問題は時間をかけて変質したものですから、回復には時間がかかります。しかも、多分大きなエネルギーが必要と思われます。それでも、絶対に必要なことです。何せ失われた文化の取り戻しとも云えることですから。
しかし、この価値観の、文化の回復が出来れば、日本は世界に冠たる個性ある文化国家として君臨することがでます。
今も政府のどこか片隅の方で学識経験者が教育基本法の改訂に向けた審議をしているようですが、この問題は、その様な次元のものではないと思います。事態はより深刻で、迅速な結論が求められているものです。

第一には家庭教育が欠かせないものと思われますが、問題は教育、躾をする親が駄目、その親たる祖父母が駄目、この人々を取り巻く社会が駄目、勿論、その中には学校も含まれます。更には行政や政財界も昔とは異質になっているように思われます。
それだけに、これは大事業です。もし、成し遂げられる人がいれば、まさしく日本中興の祖とも云われましょう。それでも、何もかも昔に戻れば良いものとは思いませんし、第一無理でしょう。価値観も時代とともに止むを得ない変化があるのも当然と思います、文化も然りです。しかし、本質だけは絶対に大事にしたいものです

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私はこの頃少なからず不安を感じます

私はこの頃少なからず不安を感じます。この世の中は、一体どうなってしまったのか、どうなっていくのか、これは私が少々歳を取ってきたせいなのか、考えると限がありません。
  先に私は田舎っぺ文化というお話しをしましたが、文化とは本来、共通の価値観に基づく精神的な生活感覚に由来するものと思います。昔から年寄りが「今時の若い者は」とよく云ったようですが、私も若い頃、年配者から何度か云われた記憶があります。そして,こう云うことは何時の時代でも云われるものと思ってきました。
  しかし、この頃は自分自身の回りを見ていても、昔から云われてきたこととは、大分に違うとしか思えません。今は若い者どころか50代、60代の年配者でも、歳には関係なく、お行儀の悪い人が目立つようになりました。これは価値観の、文化の変節としか思えません。それでも単なる変化と云っていられるうちは良いのですが、それがモラルの変質ともなると、時代の変化だからなどとは云ってはいられないと思います。
  連日のように殺人事件が起こり、それが通り魔だったり、親子だったり、しかも、その理由が人を殺してみたかったで反省の色もなしでは、余りにも酷すぎではありませんか。マスメディアも
することはありませんでした。
  一方、この様な事態に対応するのは、本来、政であり官である筈ですが、政は自分達の勢力争いに終始するばかりで政治の本質を全く忘れており、官は官で、ご承知の通り社保庁に代表されるように、無責任の極みとしか思えません。
どうして、このような不可解な世の中になってしまったのでしょうか。私は思います。一つは敗戦後の日本に齎された民主主義、この民主主義は大変結構なことでありましたが、それに伴う人権、この人権は、それまでの日本が余りにも酷く弾圧、抑圧をしてきたための反動からか、人権に対する認識が、ある部分、過剰に評価されすぎたことに由来するように思われます。結果、自己中心的に自分のしたいことはする、いやなことはいやだ、その為には他の人間に迷惑が及んでも自分は関知しない、と云う風潮が生まれ今に至っているのだと思います。

それでも、割合に最近までは、日本の伝統的公序良俗に守られてきたのだと思います。そして、今やそのメッキが、殆ど剥げ落ちてきたのだと思います。以前には日本は世界一安全な国だと云う安全神話があり、礼儀正しい恥の文化を持った国とも云われていました。しかし、今や日本は世界一危ないな国とまでは云えなくても、随分とり上げられ、嘆く論調も目にはしますが、世の中は一向に変わりません。昔もこのような特異な事件は無かったとは云えませんが、このように異常なことが頻発それに近づいていることには間違いありません。かなり以前のことになりますが、一時期、新人類と云う言葉が生まれ、流行語になったことがありました。私も、当時の従業員の一人から、私も新人類の一人ですからと云われ、唖然とした記憶がありますが、それらの人も子供を持ち孫もいるようになった現在、この価値の変質は、多くの世代、即ち、社会の大部分が、このような人々で構成される今となっては、容易なことでは回復が難しいと考えます。
  
社会全体が、このように変質しようとしている所為か、一般大衆はもとより、社会現象を報道するマスメディアも、世を憂える論調で非難はしていますが、本質的な問題提起の域までには達しっていないように見えます。また、官の世界でも、相次ぐ不祥事が、次々と発覚し、まさに滅茶苦茶の感がありますが、当事者は、全く罪悪感がなく、そして、その根底にあるものは使命感の欠如以外の何ものでもありません。
更に、この官を率いて国民のための政治を行う大臣なども、お粗末極まりない存在です。官への指導、監督どころか、官僚に頼らずば碌に答えも出来ない。ならばいっそ大臣のポストなど廃止して、事務次官を昇格して任に当らせる方が、よほど効率的が良く経費も掛からないと思います。
また、この様な時こそ国会議員に期待したいものですが、現状を見る限り、これまた遠い夢のような話です。いやしくも議員になり国政に参加したいとの思いで議員になった以上、議員としての責務が何であるかなど、当然、百も承知の筈ですが、最近では自民党の議員さんは過半数の五十数パーセントが世襲の議員で、だからでは無いでしょうが、志など如何でも良く、それが極めて良い就職先だからと云うような人が目立ちます。中には前の衆院選で自民党大勝のときのように自他共に到底なれる筈のない人がなってしまったというとんでもない人も居るのです。生まれた時から苦労知らずのお坊ちゃま育ちでは社会的な弱者などには到底目線が届かないと思います。
このように、この国は質的にも、道義的にも正に惨憺たる有様なのです。取り分け問題なのは、国全体を覆う自己本位な無責任ムードです。深刻な事件が頻発していても、どこか他人事で自分とは関係ないとの捉え方のように思われます。これが上は総理大臣から下は一般大衆までを覆っているように思えてなりません。

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田舎っぺ文化?!

田舎っぺと云う言葉をご存知ですか。この言葉は云うまでも無く地方出身者に対する蔑称ですが、私は勿論、地方出身の方に対する偏見、差別感など全くございません。たまたま、過日友人との会話の中で、昨今の世相の移り変わりを話しました。その中で、「今は田舎っぺ文化全盛の時代だ」との友人の発言があり、会話は暫らく田舎っぺ文化について話しは弾みました。

今日は、その田舎っぺ文化についてお話しいたします。戦後の昭和20年代30年代は未だしも、昭和の40年頃から、目立って地方出身の方が都会へ出て、定住されるようになりました。それは今現在までも続き、結果として、地方の過疎化が進んでおります。その所為かどうかは、必ずしも明らかではありませんが、身近なところで感じるのは、転居の際の引越し時に、かつては隣近所に引越し蕎麦を配るとか、タオル、手拭などを持ち挨拶に廻るとかしたものですが、今は殆ど、そのような事は見られなくなりました。このようなことは所詮大したことではないのですが以前ですと、怠れば常識知らずと非難されたものです。

また、年の初めのご挨拶で、近所廻りを相互にし合ったものですが、これも今は殆ど見られなくなりました。これらのことは、以前には近隣の人々を大切にし、何かの時には自分もまた、扶助を受けると云う近隣文化の一つの形であったと思います。さてそこで、一つのお話しをいたします。私の知り合いが最近引越しをし、隣近所にご挨拶廻りをしたのですが、その折、隣のお宅に伺ったところ、頂き物をしても、お返しが出来ないので頂く訳にはいきませんと拒絶をされたと云っているのを聞きましたが、先方に悪意はないものの吃驚したとのことで、私も本当にそんな人が居るのだと改めて感じました。

私自身の体験でも、夜更けの帰宅途中、暗い公園の傍で横たわっているのを見たことがあります。傍に寄り、声を掛けようとしたのですが、少々離れた処に男性2人が立っていて、救急車を今呼んだからとのことで、それは良かったと思ったのですが、更に言葉を次いで「関りにならないほうがいいですよ。」と云われ思わず、そのまま立ち去りました。しかし後になり、せめて声ぐらい掛けて上げれば良かったと思いました。この様に身近なところでも、些細なことですが風習、気配りが変わって来ています。これが良いか悪いかは一概には云えません。お互いに干渉し合わない方が気楽ですむからです。しかし、私は現代の生活は、ややもすると自己主張が強く、自分の権利は侵害されたくない、他人のことは無関心を装う傾向が強まっているように思われます。私の友人は、これ等のことを指して田舎っぺ文化と評しました。確かに他人に対する思いやり、労わりが欠けてきて、礼を以って人に接すると云う慣習が、急速に廃れつつあるように見受けられます。これ等の慣習を知っていて行わないと云うならば、それは一つの見識なのかも知れません。しかし、知らないと云うのであれば、それは少々問題で、だからこそ私の友人はそれは田舎っぺ文化だと云うのです。

私どもの生業とする呉服なども、この礼を主体とする伝統文化の中で発展を遂げてきました。私どもだけではありません。和の文化は全て日本の伝統、慣習の中で発達してきたものです。その意味合い、意義を知り取捨選択をするならば、それは一つの見識であり、見方を変えれば文化の発達とも云えるでしょう。しかし、知らないで評価もせずに面倒だからでは、友人の云うが如く田舎っぺ文化と酷評されても、致し方ないのではと思います。これをご覧になった方は私も含めてお互いに、田舎っぺと云われないように心掛けたいものです。

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切なる願い

前回のブログで首相公選制について申し上げたのですが、今の時代は古き良き時代とは異なり、国の指導者は高い理念を掲げ、的確な判断、素早い対応、強い実行力が不可欠と思います。 現行の議員内閣制は、もはや時代の変化にとてもついて行けるとは思いません。 これはバブル崩壊後の各政権の対応の拙さを考えても、それはそれはお粗末の一語に尽きます。 

このお粗末と云うことは、多くの国民に大きな苦しみを与えたことです。しかしながらバブルの発生時も、崩壊時も何れも、極めて不適切な対応をしながら、誰も責任を取らない、総理であれ、大臣であれ国会の議員も、官僚も。 これが大したことで無いのなら、私も、これほどは申し上げません。しかし、これが如何に大きな問題であったかは、疑いのない事実です。 私の周りでも、この間、倒産に継ぐ倒産がばたばたと起こり、これは現在でも続いております。 これが倒産だけなら未だしも、その後の倒産された方の生活の悲惨さを、見聞きすれば、私ならずとも怒りを感じざるを得ないのです。何代もに渡って地道に蓄えてきた資産を数年の間に無くし、路頭に迷うようなことを見るのは、本当に胸の痛い思いです。 しかも更には自殺までしてしまうのでは、見るばかりでなく聞くにも耐えません。こんな時代はもう懲り懲りです。

これは構造不況の私ども業界だけのことだけでははありません。かって、ご贔屓いただいたお客さまもにも大変お辛い目に合っておられる方がいらっしゃいます。ですから、今道路特定財源で話題の国交省の冬柴大臣などを見ていると、虫酸が走ります。正に官僚の傀儡としか思えません。 出身の公明党は少なくも、もう少し国民の目線に立っているのかと、思っておりましたが、馬鹿丸出しで大変失望しました。

 私も、この10数年の間で、全ての蓄えを失いました。それでも、馬鹿の一つ覚えのように日本の文化の為と思い、呉服屋を真面目にやってきたつもりです。しかし、世の中は一向に良くなりません。 総理大臣も、各大臣も一体何を目的に政治をしているのでしょうか。国民の運命が、その腕の中にあるとの自覚が余りにもなさ過ぎです。それでも、大臣や議員は余りにも能無しであれば、落選と云うペナルテイもあります。 公務員にはスト権を剥奪された見返りに、手厚い保護があり、不都合があっても簡単に馘首にもならず、減給処分なども実態は名ばかりで、民間とは大きく異なります。しかも、待遇は民では考えられない程の厚遇であり、一度就職したならば、滅多なことでは辞める人はおりません。

 例えば、2月16日付けの読売新聞の報道でも、茨城県の筑西市民病院の看護職員の平給与は年間なんと約1、000万円で、片や一般病院では500万円程度と報じられております。 給与格差の酷さもさることながら、長年に渉る公務員厚遇のツケが、国家にしろ、地方にしろ、事勿れ、ツケの後回し、無責任、天下りなどの体質を助長しているのだと思います。これら,公務員を常に綱紀粛正の環境の中で、真に国民の僕として意のままに使いこなしてこそ、行政府の長であると思います。従って、今の議員内閣制では、例え総理になったとしても、派閥順送り大臣を指名せざを得ないのでは、能力ある大臣が生まれる筈もありません。大臣が無能であれば、役人どを使いこなすどころか、逆に体よく使われてしまうのが落ちです。しかし、一日も早く憲法を改正し、首相公選制を果たし、高い理念を持つ総理大臣、議会の思惑などに左右されない能力高い大臣、真に国民のことに思いを致す優秀な官僚、このような時代の到来を心より願います。 

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重ねて、物申す。VOL.2

upwardrightバブル崩壊の修復も大銀行までは国のお金を入れ、事実上無金利で日銀が貸付けし空前の利益を上げるということでアッという間に回復を果たしました。そして大企業はこの間業績を上げる為、その皺寄せを人材・下請けなどに転嫁することでこれまた回復できたと思います。これら一連のことは、政官財の連携なくしてはありえないことのように思われますがいかがでしょうか。

一方弱小・零細企業・多くの一般庶民は無視され、何ら恩恵を受けることなく過してきたのですが、幾らなんでもこの次は我々の番だ考えたのに、国際的には原油高・サブプライムローンなどの問題が生じ、国内的には年金問題が大きくクローズアップされるにつれ良い事は何も無し。増税と生活不安だけが押し寄せる結果となりました。そして消費はますます抑制されます。

消費というのは富の分配、再分配の手段なのですから、消費が抑制されるということは格差が拡大するということです。世上でも、格差の是正ということがようやく取りざたされるようになりました。その為中小企業への若干の支援策などが取りざたされているようですが、現在では全くその方途も決まってなくお寒い限りです。

そして更に国際的には地球の温暖化、爆発的に増え続ける世界人口がもたらす食糧危機、国内的にはかつては世界一安全の国といわれた日本も、ニュースキャスターが連日「信じられない」という言葉を連発するような血なまぐさい事件が頻発しております。これは社会教育の欠陥が大きく影響していると思われますが、問題は学校教育だけで済むような生易しいことではなく、本質は大変深刻で、社会全体の改革をせねばならぬところまできているのだと思います。これは極端な言い方をすれば我々は人類史上の大転機を迎えているのかもしれません。

国内的には今の政治家先生の言動からすれば、どんな施策にしても財源が要る、そしてやむ終えない選択と称して実は一番安易な消費税の増税ということになり、今後もこれが繰り返されるのでしょう。このままでは格差がますます広がることは必然です。本当に可哀相な一般庶民、日本人となるでしょう。

私は思います。こんな事でよい筈はありません。その為には国民が自らのリーダーを自らの手で選ぶ必要があります。いわゆる、首相公選です。この一番の狙いは今は隠れているであろう真の指導者を発掘することにあります。今の議院内閣制では、仮に高い志と資質を有する人がいたとして、衆議院選で多くの当選回数をかさねてもいわゆる派閥の領袖、大幹部になり運がよければということです。これでは傑出した人材であっても容易には国のリーダーにはなれません。この困難な時代、素早い対応が求められている現在にはどうしようもありません。首相公選には憲法を改正せねばならないのですが、よく議論になる9条の改正はさておいても首相公選くらいは実現したいものです。国のリーダーともなれば、日本の未来像を描け、将来を見据え、現在に対応できる人物でなくてはなりません。このような人物が残念ながら今はいない、見当たらないのです。もし、隠れていて見えないのならば、名乗りを上げて欲しいものです。

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重ねて、物申す VOL.1

今、アメリカでは大統領予備選の真っ最中で、日本でも連日それに関する報道がテレビ・新聞紙上を賑わしておりますが、アメリカでは世論の動向が徐々にイラク戦争から経済問題に移りつつあるようです。 それにつれて予備選の候補者も、景気の浮揚について言及するようになって来ました。要するにアメリカ人は景気の動向にとても敏感という事なのでしょう。それに引き換え日本は、為政者も国民もあまりにも鈍感、というのが実情だと思います。

そこでよく引き合いに出されるのが日本人の貯蓄率です。世界一と言われ、それ故に財政赤字が巨額でも日本の経済は大丈夫といわれております。しかし、なぜアメリカ人は貯蓄をせず日本人は貯蓄が好きなのでしょうか…。「日本人は単に用心深い」とか「アメリカ人が宵越しのお金を持たない」などという、それぞれの国民性なのだとつい思いたくなりますが、私はそうは思いません。 日本人は時の政府が如何に当てにならないかを身に沁みて知っているのに対し、アメリカ人は国が素早い対応をするという事を知っている、いや、するものだと考えていると思えます。ですから日本人は、≪バブル崩壊後現在に至るまで消費が低迷を続け≫≪昨今のように原油価格が高騰していること≫にしても≪直接的には日本にさほどの影響のないサブプライムローンの問題≫にしても何か事が起きると取あえず消費を控え貯蓄に励もうという姿勢になってしまうのだと思います。これは取りも直さず日本の政府が如何に国民からの信頼を欠いている証左と思えるのですが如何でしょうか。

アメリカにも色々問題があり大変とは思います。しかしアメリカ人はそれだけ自国の政府を信頼しているという意味では幸せです。
もしかしたら日本人は誠に不幸な国民です。そうはいいながら日本人である以上本音では、できれば信頼の置ける政府が生まれ、自分たちの生活がよりよい方向へ向かってくれることを期待しているのは、間違いのない事実です。しかし、期待に応える政府・政治家がなかなか出てこないのが実情であります。国民はフラストレーションを溜めながら期待に応える政府・政治家の出現を待っていると思います。

その意味では現政権の福田氏に失望し、対する民主党の小沢氏にも期待を持ち得ない、大変可哀相な状態だと思います。考えれば一時はあれほど人気のあった小泉氏にしても本来望まれる高い識見があったとは到底思えず、個人的念願だった郵政改革だけに終始し、後は言い放題、し放題(政策ではない)に過し、それがフラストレーションのたまった国民に錯覚を起こさせて あれ程の人気になったのだと思います私の思うところ、日本という国の指導者は中曽根・竹下さんまでで、それ以降の総理大臣は、能力的にはせいぜい「ヒラ」の大臣くらいの実力しかないのではないでしょうか。況や、一般の大臣はほとんど見識など持ち合わせていなくて、遵って官僚に頼るしか能がないということだと思います。これではよく言われるように政治家ではなく政治屋になってしまいます。

ある意味では日本の官僚は優秀だと思います。しかし,仕える大臣があまりにも無能のためゆえに、奢りが高じて不祥事を起こす様になると思うのは私だけでしょうか。接待漬けの防衛庁の次官といい、社保庁の年金記録喪失といい、道路特定財源で宿舎を建てるとか、このごろの官僚は公僕として国に仕えるとした意識などまったく喪失しているとしか考えようがありません。しかも,事故を起こしても全く反省もなく事実上馘首にもならないのでは綱紀粛正などは絵空事でしかありません。それでいて、毎月給料が確実に保証されるのでは、民の実情とあまりにかけ離れていてこれまた庶民の生活を理解するなど到底難しいと思います。ですから官の不祥事が起こると、大臣をはじめ国会の議員さんたちが「一部の不心得者が」といい大部分のものはそうではないと主張されますが、私にはこのごろ実情は逆になっているかのように思えてなりません。これでは一般庶民はたまりません。しかし、悲しいことには、現状では改革の手段がありません。政官財の癒着とはよくいわれることですがある意味では正にそのとおりだと思います。  ---  続 く  ---

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敢て今、物申す! VOL。2

 最近は本当に祝日と云う休日が増え過ぎたように思えます。昨年も更に祝日を増やすと云う話が某政党から出されましたが、さすがに実現しませんでした。 豊かさが本当に定着したのなら、労働時間の短縮も結構です。しかし、休日ではあっても、遊びに行くゆとりもなく、ひねもす家で怠惰な時間を過ごす、こんな事で良い日本が成り立つ訳がありません。

大分に昔のことではありますが、ヨ-ロッパ、ILOの勧告で労働時間の短縮が盛んに唱えられた時期がありました。その結果、各国の労働生産性が落ち、イギリス病とか、驚異復興と云われたドイツも東西ドイツの合併もありましたが,長らく経済運営の厳しさに悩むことになったことが思い出されます。 しかし、ヨ-ロッパは古くから世界の先進国で、社会基盤の整備状況が日本とは大きく異なります。 日本人はもっと働かなくてはいけないと思います。働くことにより労働生産性を上げ、また、新たな労働市場も創出することも出来ると思います。 それでなくても、中小企業の多くは所謂サ-ビス残業があるのが実態で、それもかなりの長時間と云うのが現実と思います。今の日本経済を考えれば、週40時間の労働時間と云うのではとても無理で、それは実質、建前だけではありませんか。このお役所の建前と云うのが、真実を隠し日本の国を悪くしている要因の一つだと思います。それよりも日本人はもっと働いて、社会資本を充実し、名実共に豊かな国になることが先決だと思います。そして、この豊かさをもって、世界の恵まれない人々の為に貢献出来れば,日本人は働き過ぎだとの過去にあった非難も受けることはないと思います。 

次に多くの異論があるとは思いますが、私は30年来、石油を原料とする燃料依存を止めるべきとの考えの持ち主で、特に自動車の燃料は、地球温暖化の防止の意味からも、また、貴重な天然資源の枯渇防止の意味からも思い切った消費抑制策を、而も緊急に採る必要があると思います。 現在は国会でも暫定税率の存続、廃止と云うことで議論されておりますが、聞くところによれば、ヨ-ロッパの国々では日本より遙に高い価格で流通しているとか、だから、日本でも高くても良いとは私も思いません。 しかし、この問題はもはや放置できるものではありません。今年、日本で開催されるサミットの主要議題もCO2の排出抑制問題だそうですが、これは化石燃料からの脱却を図るしか、途はないと思います。 それには現在ℓ当たり¥150程度のガソリンを、¥500程度にしたらどうでしょうか。多分こんな事を申し上げれば、無茶苦茶だとの非難を浴びるでしょうが、私は大真面目で提案したいのです。 かつて私が車を最も乗り回していた頃、ガソリンはℓ当たり¥50を越えない程度でした。それが今や、3倍の¥150です。当時を考えれば、想像もできない値段です。 ですから、今の値段が仮に更に3倍になったとしても、使う人は使うでしょうし、さほど大きな必要性がなければ、使用を抑制するでしょう。 勿論、影響を過大に受ける人もいるでしょう。そのような人々には施策で負担の緩和措置を講じれば良いでしょう。しかし、もしこれが実現できれば、地球環境の改善に世界に対して大きなリ-ダ-シップを取ることが出来ると思います。 また、差額が税として徴収できるならば、巨額な財源となることは間違いがないのですから、例えば消費税の廃止だとて夢ではありませんし、福祉の財源としても大いに活用できると思います。一方、ガソリンがℓ¥500にもなれば、水素を燃料とする車の実用化も、早急に実現されるでしょう。そうすれば一気に無公害社会が生まれるかもしれません。

 更には、アラブ世界を中心とする世界の石油成金国家や個人に一泡噴かせることが出来るかも知れません。 高い原油価格で石油を売りつけ、得た莫大なお金で、先物市場で原油先物を買い、価格を高騰させ、更に莫大な利益を得る。こんな不条理なことを許して良い筈はありません。 自由主義経済は世界に活力をもたらしました。しかし、自由と云う名の基に、最近はなんでもありの弊害が、世界でも、日本でも、目立つようになりました。 行き過ぎは及ばざるが如しであります。行き過ぎを、先ずは日本から正してみようではありませんか。 

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敢て今、物申す VOL。1

前回のブログで現代の世相、文化について申し上げたのですが、拙い文章の為、私の真意をお伝えすることが出来なかった向きもございますので、今回は敢えて政治向きのことなども含めて申し上げたいと存じます。

本日、ここに申し上げる事は私の予てよりの持論でありまして、昨日、今日に思いついたことではありません。本来私は保守的な考え方の持ち主で、だからこそ今日まで斜陽の呉服業を続けてきたのだと考えております。 昨今の呉服業も大変酷いことになっているのですが、それはともかく、昨今の世相は余りにも酷いとはお思いになりませんか。 特にバブル経済崩壊後は、卓抜した政治指導者の出現が無かったこともあり、国家としての理念も無いままに、日本の社会は迷走をしているとしか言い様がありません。 この間、国民一人当たりのGDPは下がり続け、かっての1位、2位から大きく後退し今や、18位とも22位とも云われるようになりました。 ワ-キングプアなどと云われる言葉も生まれ、年間所得が200万円に満たない人が、1、000万人を越えるなど、日本社会は急速に貧しくなっています。 今年の景況感にしても2/3の人が悪くなるとの予測で、良くなると考えている人は僅か一割程度と云われております。 先達ても、テレビの番組で見た北海道での年金生活のお年寄りが、6万余円の年金と、僅かな預金を引き出しながらの生活で、冬の北海道で生活費の切り詰めの為、暖房もなしとの事で胸の痛い思いをしましたが、日本の国内が、このような事ならば、ODAを始めとする海外援助などする資格がないのではないでしょうか。 国としては依然、世界第2位の経済大国であっても、そこに住む人々が豊かでなければそんな国は糞食らえです。 

また、経済的な貧困もさることながら、心の貧困も重大事です。経済的な問題は適切な施策により早急な改善も期待が出来ますが、心の問題は、戦後60年の年月の中での価値観の変質に由来すると思われますので、これは一朝一夕には片付かない問題と思います。 しかし、連日起こる凶悪事件の数々は、社会として放置できるものではありません。かつては安全神話の評判の高かった日本は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか。 一方で自己中心の独善的な人間が、加速度的に増えているのも事実です。昔、若者がお年寄りから叱られるのに”今の若い者は”と 云われたものですが、今の時代は若い世代ばかりでなく、50代、60代の世代でさえ、眉を顰めるような人が増えているように思えます。 このような事は戦後の社会教育の中で一番重要であるべき道徳の部分が、大幅に欠落してしまった事由によるものと考えられます。 これは学校教育ばかりではありません。家庭でも、一般社会でも、その責めを負わなくてはなりません。 最高権力者の総理大臣達も、この事は,かなり早くから分かっていたと思われますが、この事は、思想的な対立にも繋がる問題なので、敢えて先送りされてきたように思われます。 しかし、今は酷い社会になりました。この儘では、更に酷くなるばかりでしょう。 この色々な意味での酷さはバブル崩壊時の首相宮沢喜一の時から加速度的に始まったように思われます。彼はあのバブル崩壊に際して、手を打てば、日本経済がこれほど酷い状況に追い込まれずにすむことを知っていた数少ない人の一人であり当事者です。しかし、彼は知っていながら放置しました。それは当時、自民党が分裂し、今の民主党の小沢氏らが脱党し、政界が激変の最中にあったからと云うのが、彼の言い分でしたが、それはその後の国民経済に与えたダメ-ジを考えれば、とんでもないことです。命を張ってでもせねばならなかった筈です。 その後も酷い総理大臣が続きました。僅かに期待を持てたのが小渕さんで、しかし、途中で亡くなられました。 最近になっては益々悪くなり、格差は当たり前と嘯いた小泉純一郎氏、追い詰められ、椅子を投げ出した阿部晋三氏など、一国のリ-ダ-としての人気は別にして、余りにも役不足役立たずです。 

話の序に一般の大臣たちも、お粗末の一語に尽きます。例えば阿部内閣での日替り大臣など、そして官僚も薬害エイズに懲りず、薬害肝炎の厚労省のお役人たち、接待漬けの防衛省の次官、目茶苦茶年金の社保庁、本当に酷いと思いますが、これらもホンの氷山の一角かも知れません。 は上から下まで、一般庶民の苦しみなど本質的には理解など出来ないのでしょう。 どんな仕事をしていようと、毎月確実に天から金が降ってくるのですから。 これは政の世界も同じことです。

政治家は本来的には官僚より、より高い次元の理念が求められる筈です。そして常に社会的弱者に視点を合わせる存在であるべきです。更には官の誤りを正すのが政治家の筈です。 従って数合わせの為のタレント議員などは論外です。それでも選挙の時は必ず出てきます。残念ですが政治の当事者がこれを決めているのです。これでは政治家の資質の向上など望むべくもありません。 そして大臣に指名されても、官僚の言いなり大臣になれば、大過なくやって行けるでは国民はたまったものではありません。ましてや、総理大臣ともなれば更に高い国家理念を持つ指導者でなくてはなりません。 高い世界観の基に5年先、10年先を見据えた国家理念を掲げられるリ-ダ-でなくてはならないと思います。このような末期的現状を踏まえて、今こそ根本的な大改革が必要だと思います。 

そこで、私なりの提案があるのですが、その全部は、この場ではとても申し上げ尽くすことは出来ません。それでも、その、ほんの一部なりとも申し上げ、諸賢のご参考にさせて頂きたいと存じます。先ず、日本は首相を公選にすべきです。大統領的な権力、権能を与えることにより、一定の期間、次元の低い問題に余り関わることなく、より高い次元の発想、行動が保証される強力なリ-ダ-が選べるような仕組みをとるべきです。 そうすれば、今は無名の存在でも、年齢にも関係がなく、傑出したリ-ダ-が出現するかも知れません。また、徴兵制をひいたら如何と思います。 若者を一定期間徴募して国の為働いて貰うのです。日本は先の大戦の反省から、憲法九条で戦争放棄を謳っておりますが、私も、それについてとやかく申し上げる気はございません。 しかし、アメリカが一つの国是として、合衆国は世界の警察官たるべし、としているようですが、日本でも、これに負けない程度の理念を持ちたいものです。アメリカが警察官ならば、日本世界の救急隊でも良いではありませんか。災害の発生時に、世界の何処へでも、ある程度の規模の人員と装備と物資を持って緊急に行動できるような組織、平時には恵まれない国で、劣悪な環境の改善のため働く組織、それが井戸堀りだったり、地雷の除去でも良いではありませんか。そんな組織を持ちたいものです。 そして、そこの安全を守り、警備する最少限の武装組織があっても良いのではと考えす。 もし、このような組織が出来たら、純粋な平和目的でありますし、世界中から歓迎されるのは間違いないと思われます。 

 しかし、これは単に世界の為のことだけではありません。一番大きな利益を得るのは、日本自身であります。今、現状の変質した価値観を正し、命の尊さを教え思いやりある社会を作る為には、ある程度の過酷な環境で、集団生活を体験することが、なりよりも速やかな回復に繋げられると思います。これこそ失われた社会教育の場になると信じます。 勿論、首相公選と云い、徴兵制と云い、憲法を改正しなくてはなりません。 また、国の取るべき政策も、今のようなぐうたら政策では、決して国は良くならないでしょう。特に経済政策などは、より積極策を講じ世の活性化を目指すべきです。後世に負担を残すべきでないとして、隙あれば増税と云うのは、余りにも安直ではありませんか。苦しくても、何時になれば楽になるとの明示があってこそ、国民も負担に耐えられると思いますが、グランドデザインの提示もなく国家財政の健全化を云うならば、その前に国民生活の健全化を唱えるべきです。この頃、一部の大企業とそれに属する人達が潤って来たからと云って、一般の多くの庶民が、その皺寄せの影響で苦しんでいる現状を何故、無視し続けられるのでしょうか。

             ―*―  次回へ続く ―*―

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急ぎ作るべき文化復興の環境

新しい年が明けました。この年の始めにあたり、昨年を振り返れば、この一年も実に色々なことがありました。  一番嬉しかったことは、多くの新しいお客さまにお越しいただき、お目に掛かれたことです。新しい出会いは何時も大変楽しいことです。これからどんなお付き合いが待っているのかを想像することは、商いをする者にとって最大の喜びです。 

一番悲しかったことは、呉服を消費するお客さまの減少に歯止めが掛からず、特にこの秋以降、それが顕著に現れたことです。 社会一般でも過去には考えられない血なまぐさい事件か連日のように続き、商いの世界 でも、偽装表示が毎日のようにニュ-スとして話題を賑わしました。 

政界でも日替り大臣が登場したり、揚句の果てには総理大臣までもが、自らの椅子を投げ出すなど、考えられない非常識、無責任なことが続きました。 また、官の世界でも防衛省事務次官の接待漬けは別にしても、薬害肝炎、年金問題、など、ここまでに至れば、それはもう犯罪としか思えません。

私どもの業界でも、次々商法と世間さまからひんしゅくをかう業者が出てきたり、デート商法と呼ばれるホストクラブまがいの商売をしている業者がいることは、残念ながら事実であります。 どうして、このような社会になってしまったのでしょうか。良識とか、モラルは何処へ行ってしまったのでしょうか。 マスメデイアの世界ではニュ-スとして取り上げ、論評もしてはおりますが、このような事件が少しでも減るならばともかく、段々に増えると云うのは何故なのでしょうか。 社会が悪い、政治が悪いと云うのは簡単す。でも、云うだけでは一向に良くはならないと思います。 この無責任で自己中心的な、しかもかなりの重症な、この風潮を正さなければ、日本は益々悪くなる一方だと思います。 

日本をこのような国にした責任は、時の為政者と我々国民にもあると考えますが、特にバブル崩壊後は酷いと思わざるを得ません。 一部の拝金主義者が成功を収めたことに象徴されるように、儲かることには何でもありと云うような風潮が、この国をとんでもない国にしているように思えてなりません。 その一方で、日本人一人当たりのGDPがOECD加盟国中2000年の世界第2位から、今や第13位に転落している現実をみれば、如何に能天気な日本人でも少しは考えて良いのではないでしょうか。 今日の私は政治向きの話をする気はありませんが、しかし、このような現実が日本の文化の本質的崩壊を招いているように思えてならないのです。 私が思うに文化とはです。心があるから形にもなるのです。きものも文化の一つの形です。三段論法ではありませんが、きものの衰退を見ていると日本社会の荒廃と無縁ではないように感じられます。 今こそ、文化を取り戻すべきです。それも形でなく本質を。それが日本のためばかりでなく、世界にも貢献出来ることに繋がると思います。 為政者もこのことに気がつくべきです。そして文化復興の環境を作るべきです。これは本当は大変なことです。憲法改正の論議にも一石を投じることかも知れません。 しかし、それが日本人の心に名誉や、プライド、思いやりの心などを取り戻すことになるのならば、ぜひそうなって欲しいと願わざるを得ません。 また、そうすればきもの日本文化の象徴として日本人の心に深く刻まれることにもなりましょう。 

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外商する喜び

私事で誠に恐縮ですが、実は私は大変忙しい日々を過ごしております。かっては大勢いた従業員も、いまは最小限の人数で営業をしております。ですから、一人一人の人間が複数の仕事を分担し、受け持って、毎日を過ごしております。 これは簡単なようで結構大変なことなのです。私も十二、三年前までは一切現場の仕事から離れており、お客さまにお会いする機会も滅多にありませんでした。 しかし、バブル経済崩壊後、呉服消費の著しい減少が起こり、経営合理化のために人員整理の止むなくに至りました。そして、私も現場の仕事に復帰せざるを得なくなり、今日に至っております。その間、筆舌に尽くし難い苦渋も何度となく味わいました。そして、今は主に外商の日々に明け暮れております。 

申し遅れましたが、私どもは元々外商中心の呉服店で、以前は従業員の大半が日夜外商に励んでおりました。しかし、この外商の商売とは店売りの商売とは少々異なることで、多くの呉服店が外商はやりたくても中々出来ないのが現実です。外商はお店を持って歩く訳ではありませんので、お客さまのご信頼、ご信用をいとだくことが不可欠です。それでも、それ故に、この呉服店にとって厳しい時代を過ごしてこられたと考えております。ですから、最近世情を賑わせている次々商法など、全く考えられません。しかし以前には、お客さまが次のお客さまをご紹介くださる形で、販路がどんどん広がっていったものですが、今はきものをお召しになる方が激減した所為で、それが中々難しくなりました。

また、最近の女性は大変お忙しく、お勤めをされている方も多く、専業主婦の方も外出されている場合が多く、お訪ねしても中々お会いするのが難しいのが現実です。 それでも私はお客さまをお訪ねし、お話ができることが、何よりの楽しみなので、今日はどんな方にお会いできるかなと思いつつ毎日を過ごしております。外商のお客さまには、こうしてお目にかかりいろいろなお話をする中で、お気に入りのものが見つかったとき、初めてお買い上げいただくのです。間違っても強引な商売などできる筈がありません。そのようなことをしたならば、二度とお伺いできなくなります。私どもの営業は、お客さまと親近感が生まれ、同じ買うならば、あそこで買ってやろうと、お思いいただくよう心掛けております。もし、この文章をお読みいただいた方から気安くお声がかけられたら、どんなに嬉しいことでしょう。

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文化の価値は?

先だって、人と待ち合わせをして、たまたま、そこがリサイクルきものショップの前でした。普段はリサイクルショップを観察する機会など、全く無かったのでっすが、予期せずに観察することになりました。其処へきもの姿の親子連れの方(50代の方と30前後の方)がやって来られ、私は思わず嬉しくなりました。きものは結構綺麗に着ておられたのです、その方達はためらいもせず、そのリサイクルショップにお入りになり、お買い物をされたようでした。

勿論、それがいけないとか、不愉快だったと申し上げている訳ではありません。ただ、少々驚いただけなのです。 私の観念の中にあるものは、大分古くさいものなのでしょう。私はああ云うお店へ入るには、もうすこし周囲を気にして入るのかと思っておりました。確かにご自分のお金で買うものなら、誰にも遠慮はいりません。しかし、改めて思ったことは、この十数年の間に、価値観が大きく変わったのかなと云うことです。以前には、私がお相手をしたお客さま達は例え生活が貧しくても、古着やさんへは行かないと云われていた方が殆どでした。理由は恥ずかしいからときものにはそのきものを持っていた方の情念がこもっているからと云われていたように思います。 

一方、呉服屋の立場から申し上げれば、何時も申し上げているように、、お洒落の本質を考えれば、ご自分の体型に合った寸法でお仕立てのきものでなければ、本当のお洒落ではありません。ご自分の体にフィットするきものがきもののお洒落の第一歩です。これはお洋服も同じの筈です。確かにきものには融通性がございます。ですから、他人の寸法のきものでも着れないことはありませんが、きものをお仕立てさせていただくのは、単に寸法を合わせるだけではございません。 その方の体型やお好みによって様々な工夫がなされます。きものにはダ-ツがありません。ですから、考え方によれば、お洋服よりお仕立ては難しいのです。オ-ダ-メイドのお仕立てはお洒落の基本ですし、第一歩です。着心地の良さを味わってお確かめいただいものです。

しかしそれにしても、この価値観の変化はどう考えたら良いのでしょうか。勿論保守的なものが全て良いなどとは思いません。それでも安直だから良い、その時良ければ良いと云うような安易な考え方はきもの文化には全く馴染まないと思います。昨今の社会現象にしても然りと思います。論理が多少飛躍するかも知れませんが、感情の赴くままに、殺したいから殺す、殴りたいから殴る、盗んでみたいから盗む、このような不可解で感情の抑制のない事件が毎日のように起こっておりますが、私にはこれらのことも同源のことのように思われます。皆さまは如何お考えですか。

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いよいよ本物?」

不況の打ち続く呉服業界で、今年も秋の実需期に一段と消費が後退し、業界の景気底打ちの期待も虚しく泡のように消えてしまいました。 従って呉服業を取り巻く環境は今までより一層の厳しさを増しているのですが、業界の中では、愚痴すら出なくなっております。中には、ここ10年位で呉服屋は消滅するだろうと云いだす人間もいる程です。それでも何時も申し上げているように、私はそうは思いません。 ある意味で、きものは不要不急の品です。 そして、今は実質不況、将来不安のときなのです。 しかし、こんなことが長く続く訳がありません。長く続いたら日本の破滅です。時計の振り子ではありませんが、振れ過ぎた振り子は必ず戻ってきます。私はそう信じております。 

このような状況では良いことと云うのは、大変に難しいことなのですが、この秋、一つだけ今までとは異なる変化が起こり始めているように思われます。 それは目立って、訪問着をお求めになるお客さまが増えていることです。 今までも、もしかして、と思ったことは何度かありましたが、今度こそ間違いなく訪問着の需要拡大に繋がるものと思われます。私とすれば、これが呉服市況の回復へのタ-ニングポイントになればと期待をしております。 皆さまは、如何思われますか?。願わくは今まで以上に、訪問着を注意されてご覧いただきたいと思います。

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3時間で着付けマスター!

私はよく思うのです。

数千年の伝統を誇るきもの文化が、この数十年の間に、これほど衰退をしてしまったのは、他にも理由があり、それらの複合的な要因によるところとは思いますが、中でも最大の問題はやはり着付けが出来ない、難しいと多くの女性が思っておられることにあると存じます。 しかし、私は着付けは本当にはお考えになほど難しくはないと考えております。

確かに恰好良く、綺麗にお召しになるのには、ある程度の練習が必要とは思います。昔の方も最初から綺麗にお召しになれたわけではありません。それでも、毎日お召しになることで、自然に身につかれたのだと思います。これは今でも同じことで、毎日の生活の中のあらゆる機会を捕らえて、お召しになる回数を増やしていただくことが大切だと思います。

それでも、いちばん最初の基礎を身につけていただくためには、着付けに対する難しいと云う思い込みを解消していただくことが、一番だ考えるようになりました。 そこで、近日中に名古屋帯着装の3時間無料着付け教室を企画開催することを決意いたしました。 細目については弊店ホ-ムペ-ジで近々発表させていただく予定ですが、着付けを全くご存じなくても、お越しになり3時間後にはご自分で着付けたきもの姿でお帰りになれるようなものを考えております。 

名古屋帯の帯結びがお出来になれば、袋帯を結ぶのも、さほど大変なことではございません。着付けの初歩に十数回の教習をするなど、あまりにも、勿体ない時間の使い方です。基礎を簡単に覚えていただいて、もっと気安くきものをお召しになっていただきたいものです。どうぞご期待ください。

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人形町ガイド 2

今回は人形町の史跡、七福神、古いお店、お食事処、お茶飲み処などについてご案内いたしましょう。 人形町の史跡と云っても、人形町は古い町ですから、実は意外に色々ございます。しかし、その殆どは地元の人間にも知られていないのが実情です。

例えば明治維新の立役者西郷隆盛の屋敷跡は弊店所在の辺り一帯を占めていたようで、弊店前の日本橋小学校正門前に説明の案内板がございます。

次には蛎殻町銀座跡地で、約400年前の江戸時代初めに、今の銀座に銀貨の鋳造所を設けたことから、銀座の名前がつけられたそうですが、今から約200年前に、その銀座で不祥事が起こり、その為、銀座が蛎殻町に移転し、蛎殻町銀座が出来たそうです。これについてのご案内は弊店傍の交差点にございます。 

後は大分近年になって、文豪谷崎潤一郎の生誕の地と云うのがありますが、これも弊店近くにございます。ビルの壁面に刻まれておりますが、ふとすると見落としてしまいそうなくらい質素です。

お次は実にお手ごろな散歩コースとでも申しましょうか・・日本橋七福神で全長約4㎞のコ-スを2時間程度で回れます。なお、蛇足ですが日本橋三越さんは正月の行事として、毎年この七福神巡りをしております。  

◇ 小網町神社-福禄寿、弁財天 小網町16-23  ◇ 茶の木神社-布袋尊   人形町1-12-10 ◇ 水天宮-弁財天       蛎殻町2-4-1   ◇ 松島神社(大鳥神社)-大国神 人形町2-15-2 ◇ 末廣神社-毘沙門天     人形町2-25-20  ◇ 笠間稲荷神社-寿老神  浜町2-11-6   ◇ 椙森神社-恵比寿神  堀留町1-10-2      ◇ 寳田恵比寿神社-恵比寿神  本町3-10       

以上ですが、地理等については弊店にお尋ねください。   

古いお店は時代の流れの中で、随分と少なくなりました。それでも、つづら屋さん三味線屋さん、息子さんがNHKアナウンサ-の指物屋さんなどがあります。 

お食事処は、と云っても、人形町はお勧めできる所が意外に少なく、小綺麗で料金もまあまあと申し上げられるところが、さほど多くはございません。

お肉をお召し上がりたいのなら、今半日山と云うお店でどちらもすき焼き・しゃぶしゃぶが売り物ですが、両方とも、夜はお値段が大変しっかりしているので、気楽にお勧めしかねます。今半近江牛が売り物で、ランチタイムのお食事がお勧めです。日山松坂牛が売り物で、地元の人は売店で、精肉をお求めになる方が多いようです。 

人形町は意外にも洋食屋さんが多く、中で でも有名なのが芳味亭で、昭和8年創業のお店で、売り物はビ-フシチュ-です。このビ-フシチュ-のこのお店の呼び名に拘りがあり特別の名前が付いているのも有名です。次は少し珍しい、ビ-フカツキラク・明治の元勲〔山形有朋〕ゆかりの小春軒など、味はともかく何れも大衆的な雰囲気のお店です。 上品なお蕎麦の浜町藪そば・ちょっとお洒落な、イタリヤ料理のアルポンテ、兜町の証券会社で伝説的有名店の喜代川、新しいお店ですが、タレントさん達がよく来店することで人気が高いお好み焼ドレミなどがありますが、もしご興味のお店があればご遠慮なくお尋ねください。

お茶を飲んで一休みならば、作家故向田邦子さんがごひいきだった大正年代創業のコ-ヒ-店、喫茶去 快生軒は知られざる有名店です。あんみつが有名な初音は遠くからわざわざお出でになる方も多いと聞いております。 この他にも、もし、ご興味のお店をお聞きおよびでしたら、どうぞお尋ねください。

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理解を得ることは大変難しいものです

商売をしていると、毎日の中で色々なことが起こります。嬉しいこと、悲しいこと、困ること、がっかりするなど、内容は悲喜こもごもなことなのですが、一番悲しいのは、お客さまの思いと、私どもの考えとすれ違ったときなのです。 以前にも申し上げたことがありますが、私どもの店は、決して大きな店舗ではありません。立地もあまり良くはございません。従業員の数も最小限と思います。 これは一つには、経営規模を最小限に抑えて、今の呉服不況に対処すべく努力をした結果なのです。 そして日本のきもの文化の灯を消すことなく、後世に伝える一助になればと考え、努力をしているつもりです。 

その為に、失礼な云い方になりますが、経済的には、あまりゆとりのない若いお客さまでも、お気軽にお求め易いような価格設定をいたしております。 このお値段は、自慢ではありませんが、私どもなりの血の滲むような努力で設定したもので、私の知る限りでは、日本中何処にもありません。勿論、この価格で私どもでも採算など取れる筈もございません。 この価格設定については、最初、社内でも異論が多くありました。しかし結果として、多くのお客さまに喜ばれている現在、今は従行員一同も、誇りを持ってお客さまにお勧めしております。 

しかし、時には悲しいことも起こります。 昨日もそうでした。お客さまがご来店になりお茶席でお召しになると云うことで、江戸小紋をご覧に入れたのですが、直にお好みに合ったものが見つかったのですが、付いているお値段をご覧になり、あまりの安さに驚かれました。 そして、倍だとしても安くて気持ちが悪いと申され、お買い上げをやめて、お帰りになりました。 ただ、これだけのことなのですが、こう云うことは時々あり、私どもにとっては一番悲しいときです。 

私どもは決して安売りの店を目指しているものではありません。現代のお客さまに、誠心誠意、良いものをお求め易くすることで、きもの文化を今一度、復活させたい一念で頑張っているのです。 また、悲しくはあっても、お客さまを非難することは出来ません。それは親しくお付き合いをされている呉服屋があると、その呉服屋の言い分を、どうしても受け入れるようになります。 私どもも呉服屋なので、呉服屋の悪口は云いたくありませんが、一般の呉服屋は他の呉服屋の商品について、結構悪口を云う傾向が あります。それは自分の店で、到底競争出来ない場合には、その傾向が顕著にでます。 また、この呉服不況の時代に入ってから、消費量が減っているので、それを高い利益で補うと云う傾向がございます。結果、どうしても価格競争には弱くなります。そして、他の店の商品の品質について、けちをつけるようになります。 こう云うことで、私どもはお客さまの口から、そんなことと思うことを時々お聞きします。 大変残念でもあり、悲しいことです。それでも初心を忘れず、頑張ってまいりたい、少しでもご理解いただきたいと願っております。

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人形町ガイド1

私どもの店へは、結構遠方からお客さまがお越しになられます。大変有り難いことと日々感謝申し上げております。 欲張る訳ではございませんが、それでも、もっともっとお越しいただきたいと願っております。 

それにしても、遠くから時間と交通費をかけてお越しになることは大変でございます。 そこで折角、私どもへお越しになるのならば、私どもの店がある人形町についてご案内いたしますので、お越しの折りにご探しになるのも一興と存じます。 

私どもも人形町に商売の拠点を構えて三十数年、私も人形町と云う街を五十年以上前から知っており、当時を思えば人形町も随分と変わりました。 その頃は、水天宮の交差点から人形町の交差点までの商店街はア-ケイド街になっており大層賑わっていたものです。 商店街北寄り西側には人形町松竹と云う映画館があり、人形町交差点を北へ外れ、東側には末広亭と云う寄席がありました。しかし当時は、水天宮へ参詣に来られる方は意外に少なく、今のように縁日での露店の出店などはありませんでした。 

その後、商店街のア-ケイドは取り払われて、一時期大分さびれたのですが、水天宮へお参りする方が徐々に増え、人出が少しづつ戻ってきました。 永い間に随分お店がなくなり、新しいお店が開店いたしました。今では昔から商売を続けているお店は僅かだと思います。  

変って目立つのは、昔はなかったマタニテイ-屋さんが何軒もできたことです。 それと私が気に入らないのは、最近出来たばかりなのに、さも古くからやっているような振りをするお店の存在です。 知らない方は創業何百年などと書いてあれば信じるのが当たり前で、それはもしかして他の場所で商売をしていたのかも知れませんが、そう云う類のお店がやたらに出来たことです。 人形町は古い町です。しかし、昔から続い ているお店はそうは残ってはおりません。 また、特別に繁盛している訳でもありません。これはお店に余り改装費をかけていないので、見た目にパッとしない所為かも知れません。しかし、永い間商売を続けることは凄いことで、一朝一夕の努力で出来ることではありません。 長くなりましたので、今回はこれまでとしまして、次回には本題の人形町の史跡、七福神、古いお店、お食事処などについて、充分ではないと思いますが、存じ寄りをご案内いたします。

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着物ブームと言われているのに何故??

前にも繰り返し書いてきたことですが、今の若年層のきものファンは大変顕著に広がりをみせており、私ども呉服屋とすれば、とても嬉しいことです。しかし、それにしても一方で、呉服の消費量が確実に減っていくと云うことは、一体どういうことか疑問に思われませんか?。

これは従前のきもの消費層のお客さま、即ち、呉服業が主力客として対応してきた中年層以上の年代の方、60代、70代の方が、庶民レベルでは一向に改善されない社会的経済不安のため、最近では年金受給問題がそれに拍車をかけ、きもの購買層から引退を始められた、と云う現実がございます。また、引退されないまでも、このようなお客さまは数少ない根っからのきもの好きのお客さまでしたから、この呉服不況の続くなかで、一生懸命お求め続けていただいた貴重なお客さまなのです。それこそ年間に数百万円をお求めくださる有り難いお客さまでした。ただ、いくらお好きといっても、限度がございます。これらお客さまの買い疲れと前述のご引退とが重なっているのが現状だと思います。若いお客さまが急速に増えているにも係わらず、呉服の消費が減っていることは、如何に従前のお客さまの存在が大きなものであったかを証明するものだと思います。

本来ですと、これをフォロウするものが40代、50代のお客さまなのですが、これも疾うの昔から分かっていたことですが、呉服のお客さまとしては、一番数少ない年代なのです。この年代のお客さまは、きもの離れの年代と云うよりも、きものとの接点が最も薄い年代です。そうして、いま急速に広がっているのが30代を中心とするお客さまなのです。何度も申し上げるように、これは私どもの業界にとって誠に有り難いことで、この打ちひしがれた業界にとっては大きな希望であります。しかし、失礼を省みず申し上げれば、この年代のお客さまは、一般的に所得水準が低く呉服に高額の消費をなさるのは、ご無理のお 年頃でございます。また、価値観の相違からリサイクルのきもの等も、安易にお求めになられます。従って、現状の呉服消費後退の穴を埋める意味では、相当に難しいと思わざるを得ません。それでも、このお客さま達は私どもにとっは金の玉子です。一生懸命お育てして金の鶏になっていただかなくてはなりません。呉服屋は良くも悪くも、これ以外に生きてゆける道はないと思っております。ですから、私どもでは若いお客さまを取り分け大事にしております。お問い合わせでもご来店でも、お気楽にご利用ください。    

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決意と原点

私どもの店では、今は何時も紅白の幔幕を店頭に出したままにしているのですが、これは一つは今の私どもでは、一年中必ず何かの催しをしているためですそうして、もう一つの理由が、私どもの決意、きものの消費がもうこれ以上減らない日までは、特別に商売で頑張るという決意の象徴なのです。

私は商売の原点は良品廉価だと思っております。 この良品廉価に自信が持てなくなったときは商売は止めなくてはならないと思います。従って、理由はともかく、今のようにきものの消費の減少が続いている間は、より一層良品廉価を鮮明する努力をした商売を続けたいと思います。

ご来店のお客さまにも、この頃は良く申し上げております。他店でご覧になった品とお値段が,万一弊店より安かった場合、或いは弊店で置いていない場合は、どうぞ、ご遠慮なくお申しつけくださいと。それが正規のル-トで流通している品で、在庫品ならばその場で・・・非在庫の品ならば、取り寄せて、何れにしても必ず他店よりお安くしております。このような場合、今までは殆どがお客さまの注文でのお取り寄せでだったのですが、本当に上手にご利用なさっておられるお客さまもおられます。どうぞご活用ください。

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半美人・完全美人

嬉しいことに、この頃は以前にも増してきものでお出掛けする方を見かけるようになりました。中でも年代の若い方が目立ちます。 呉服屋とすれば大変喜ばしいことです。この流れを大事にして、もっともっとお召しになる方を増やしたいものです。 

しかし、たまたまかも知れませんが、見かけた何人かの女性が、きものは結構綺麗にお召しになっているのに、名古屋帯の帯結びが全く駄目で、がっかりするやら、お気の毒やらでした。前から見れば、日本美人の典型とも云える佇まいが、後ろ姿は帯のお太鼓が平たく潰れていて、おまけに垂れが2、3センチしかなく、大変残念でした。お出掛けの支度の時に、後ろを鏡でご覧にならなかったのだと思いますが、同じようなきもの姿を続けて拝見しがっかりしました、これでは半分美人です。

きもの姿は洋服とは違い後ろ姿にも大きな魅力がございます。帯結びは後ろ姿の魅力の最大のポイントです。見えないから、ついチェックが疎かになるのでしょうが、どうぞお気を付けになって完全美人でお過ごしください

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バブル崩壊総理大臣1・2・3・4

一番悪いのは先頃亡くなった宮澤喜一氏です。彼はバブル崩壊が本格化したときの総理大臣で、後年ご自身が云っておられたことに依れば、その時、適切な対応の必要性を認識されていたそうです。 それが国会の混乱で出来なかったとの言訳でしたが、知らないのならともかく、分かっていて放置したのでは、何とも情けない国のリ-ダ-です。当時、素人の私でさえ、これは大変なことになると認識しておりました。確かに当時は今は民主党の小沢さん達が、自民党を離党した時で、宮澤氏は大変だったと思います。しかし、私は宮澤氏は総理の椅子にしがみつくため、敢えて対応を怠ったと思っております。あの時、宮澤氏が適切な施策を実行していれば、その後の日本は随分と違ったと思います。 

以降、国の対応は後手後手になり、施策も中途半端で、今に至までまだ惨めな状態から脱却しておりません。

2番目が、これも亡くなった橋本竜太郎氏です。バブル崩壊後、国の施策が一向に効果を上げないなかで、経済が自律反転を始めた絶好のチャンスに役人の進言を取り上げ、消費税の増税に踏み切った、お坊っちゃま育ちの苦労知らずの人です。折角、経済が上昇へ向かい初めたのに、早過ぎる増税で、消費拡大の腰を折ってしまいました

消費の低迷は、その時から今も続いているのです。

そして最後が小泉さん、阿部さんです。小泉さんは竹中さんを重用し、構造改革路線を定着させた人で、私も一定の評価をいたしておりますが、人間的には酷薄な人で、私は元々あまり好きではありません。阿部さんも橋本氏と同じお坊っちゃまで、苦労知らずの人で、社会的弱者の痛みなどは本質的には理解が出来ないのだと思います

一方で、景気は順調に回復していると云われておりますが、それが多くの庶民の間で、一向に実感出来ないことが、個人消費の伸びを抑制しているのだと思います。今のように年金、医療費、増税など生活不安材料を抱え、収入が増えないならば、誰だってお金を倹約したくなります。当然ながら、呉服など売れる筈がありません。それでも私は云いたいのです。このバブル崩壊以降は小渕さん以外の為政者は全く酷いものです。政治の目的の一つは、弱者への労りだった筈です。日本の為政者は自らの失政の責任を全く取ろうとはしません。また、国民も至って寛容です。私に云わせれば、多くの国民にこれだけ苦痛を与え、省みない為政者は万死に値すると思います。 これからの為政者は、この辺の事情を踏まえて、個人消費を如何に伸ばすかを常に念頭に置いた政治をして欲しいと思います。

個人消費の拡大と云うことは、口で云う程容易なことではないと思います。しかし、この個人消費の問題は、常に政策の中心に掲げて、その浮揚に全力を尽くして欲しいものです。そうしたら、世の中の雰囲気は随分良くなると思います。日本は資源の乏しい国です。 その日本がこれからも良い国であり続けるためには、良く働いて、良く稼いで、良く使って活気のある国でありたいものです。 皆さまはどう思われますか     

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お知らせです

今回は地元の催し物のお知らせです。

10月15日(月)16日(火)17日(水)の3日間、弊店所在の人形町で人形市が催されます。弊店近くの大観音寺では、人形供養が行われ、ご不要になっ手も捨てきれない人形たちに安息の供養をほどこしてくれます。

水天宮境内では15日(月)16時より独特の人形世界を作り上げこの地に人形館を持つ辻村ジュサブロ-の人形16日(火)16時より上条 充の江戸糸あやつり公演され、何れも無料でございます。

たまたま、15日、16日は弊店の催しと重なりますが、弊店にお越し旁ご観覧いただければと存じます。滅多にご覧になる機会がないかと思われますので、是非お越しいただければと存じます

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私が呉服業界へ

 私が呉服業界へ入ったのは昭和40年代後半なのですが、現在までには著しい変遷がありました。昭和の40年代は多くの呉服屋にとって、それは良い時代でした。戦争に負けたあとの20年代はまさしく日本中が貧困の時代を過ごし、きものなどはとてもとてもと云う時代でしたし、30年代はそれが多少充足され、衣類なども品質はともあれ、安ければ、それまでの物不足を解消するために飛ぶように売れた時代でした。そして、40年代に入り、高度成長が定着するに及んで、きものの消費が本格的に始まったのです。最初は化合繊の既製のものに始まり、まもなく、今は滅多に見られなくなったウールのきものが消費の主力になり、きものを着ることが、一つのステイタスとして認識をされるようになってきたのです。このことは呉服にとって目先的には良かったのですが、反面、将来的には大きな問題を投げかけることになったと私は考えています。その当時、既にきものは着たいがきられない、着付けが出来ないと云う方が多く、着付け教室が爆発的に急増したのです。きものが日常着として存在していた時代には、一般的には着付けは親から子供へ自然な形で受け継がれていたはずのものです。勿論、最初からうまく着られるはずはありません。何度でも着込むことによって段々上手になるのです。しかし、不幸な戦中、戦後の貧しい時間の中で、それが中断し絶えてしまったのは大変残念なことです。結果、着付け教室が一つのビジネスとして登場しました。それが単にきものを綺麗に着られるだけのものならば大変良かったと思うのですが、ビジネスですから、当然それだけでは終わりません。きものについてのもろもろのことを教える、ですから、永い時間とお金もかかる、そして、次ぎの上級コースへと。勿論、これがすべて悪いなどとは申しません。中には最後まで勉強し、先生になり着付け教室を開いておられる方も多くいらっしゃいます。しかし、単にきものを綺麗に着たいと云う方には、きものを着ることは大変で面倒だと云うイメージを植えつけたのも事実なのです。当時、私は駆け出しの呉服屋でしたが、このことに大変危機感をつのらせ、これでは20年後、30年後には呉服業が致命的なダメージを受けるであろうと考え、業界に同志を募り、きものは簡単に着ることが出来るものと云うキャンペーンを起こすことを考え、自費で日本中を歩きました。しかし、中々話を聞いて賛同してくれる人は少なく、当時、業界は景気絶好調の時代でもあった所為もあって、多くの呉服屋から駄目になる駄目になるとあんた言うけれど、もし、駄目になるなら、さっさとやめたらどうなのと云われたのを今でも鮮明に思い出します。それでも、その時私に共感を持ってくれた僅かな同志と、その後も活動を続けたのですが、私の願った大きな運動には至りませんでした。その後50年代に入り普段着のきものは事実上消滅し、一方、ステイタスとしてのきものも高級化、高額化が進み、多くの消費者の方がきものは良いけれど、きものを着るのには美容室に、着付けにもお金がかかる、そして着た後の手入れにも手間がかかる、お金もかかるという理由から段々にきもの離れが始まったのです。ここへきて私の不安は的中したのです。<br /> その後は、世の中バブルと云われた好景気の時代でも、呉服の消費は減る一方で、更にはバブル崩壊後は壊滅的な消費の衰退を余儀なくされ現在に至っているのです。

 それでも、私どもは呉服屋を止めもせず、ひたすら商売に励んでいるのは、私はきものが好きだからなのです。そして、これ以上呉服の消費が落ち込むならば、日本のきものは本当になくなってしまうと考えているからなのです。きものは日本の伝統文化の真髄とも云えるものです。私どもは大変微力な存在です。しかし、一反でも多くお客さまにお買い上げいただくことが、私どもが日本の呉服を後世に伝えていく、ささやかな力になればと考えております。そのために、お客さまに如何にお求め易く出来るかを日々、努力をいたしております。ぜひ、一度お越し下さい。

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久しぶりの

 久しぶりのブログです。身辺に、いろいろな事情が重なって、この1ヶ月は大変繁忙の日々を過ごしました。零細企業の経営者のため、平常でも体に時間がないのですが、少々いろいろが重なるといつもながらのことですが大変な思いをすることになってしまいます。愚痴になり失礼申し上げました。
 弊店おなじみのお客さまも、まだ一度もお越しいただけてないお客さまも、ぜひ、お越しください。この秋は、たださえ不況の私どもの業界は結果において秋商戦の滑り出しが大変鈍く、多くの呉服店が一段と苦しい思いをいたしております。その中で、私どもはまだまだ恵まれた方だと考えておりますが、関西で起こった大型倒産に由来する不祥事や昨今の天候不良のせいならば,しばらくすれば回復するのでしょうが、もし、本質的な購買力後退に繋がるようなことになれば、これは大変深刻な話です。
 お客さまにお願いいたします。ぜひ、弊店へ近じかお越しください。お買い上げ云々はございませんので、お顔だけでもお見せください。大勢のお客さまのお顔に接すれば、私の懸念も杞憂になりますので・・・・・。勿論お越しいただければ大歓迎でございます。決してご損のないように努めます。店を挙げて少々限界を超えてでもご奉仕いたしたいと考えております。不躾で失礼なお願いとは存じますが何分よろしくお願い申し上げます。

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先日

 先日、暗くなってから若いお嬢さまが小紋のきものをきちんとお召しになって来店されました。座売りの場所につかつかとお上がりになり、そこで初めてお声を出され、展示中の大島紬についてお尋ねがあったのですが、やはり、外国の方と云うことがわかりました。台湾の方でお祖父さまが大変なきものフアンでいつもきもので過されておられたとのことで、ご自身も出来るだけそうありたいと云っておられました。こういう方は特別な方かも知れませんが、その会話の中で、日本人はなぜ伝統的な固有文化を大切にしないのか、と繰り返し言っておられました。これは単にきもののことだけではなく、世の中、社会全般について申されておられたことです。私も、自分が常日頃思っていること、云っていることが若いお嬢さまから、しかも、もと日本とはいえ外国の方から伺うとは夢にも思いませんでした。大変嬉しくもありましたが、反面、悲しくも感じました。
 戦後、物不足の時代が続き、そこへ入ってきたアメリカのカジュアル文化 の所為で、この半世紀の間に日本の風俗文化は大きく変わりました。私はこれがいけないと言っているわけではありません。そこにはそれなりの社会的必然性もありましょう。しかし、何事も程々ということではないでしょうか。昔から、過ぎたるは及ばざるが如しとも云うではありませんか。今の日本は、そういう意味では少々振り子の針が振れ過ぎているのではないでしょうか。私も、昔、呉服屋の商売が軌道に乗り始めた頃、今日このような時代が来るであるうことを予測して日本中を、(少々オーバーですが)時間の許すかぎり歩きました。産地の人、買い次ぎの問屋さん、そして前売り問屋、勿論多くの呉服小売店も。そして言ったことは、このままでは時間の問題で呉服の消費が壊滅的に減少する。呉服業界が一つになって業界全体で対応しなければならないと。しかし、当時の呉服業界は売れに売れている状態であったため、中々耳を貸してくれる人がいませんでした。そして最後に訪ねた京都の問屋さんで,一時間ほど話は聞いてくれたのですが、私に向かって、それでいくら儲かるかといわれ、唖然ともしましたし、これはだめだと思いました。
 過日、関西のかなり大きな呉服小売チェーンA社の倒産が報じられ、そこの社長が鉄道から飛び降り自殺したとのことですが、それを期に、全国展開をしている呉服店チェーンのことがいろいろ取りざたされております。テレビでも取り上げられ、その悪質商法が話題になっています。経営は売り上げの減少が始まると、それは大変苦しいものです。一方、全国展開の呉服チェーンは現在数多くあり、呉服がこの20年以上も続く衰退期に、まがりなりにも多少のブレーキの役割を果たしてきた(いまや呉服専門店の販売額合計よりもこれらチェーンの販売額の方がはるかに大きい)意味合いがあるにしても、このような悪質商法は論外なことと思います。私どものような零細で地道に、しかも必死で日本の文化のためになどと考えているものにとっては、全く迷惑きわまりない話です。しかし、大型呉服小売店の無茶苦茶商売は今に始まったことではありません。今までも多くの店が現れては消えてゆきました。拡大路線が行き詰まると経営の破綻がきます。そして、そこに商品を供給していたところも共倒れになるのです。結果、業界全体がやせ細ってゆくのです。私もしょっちゅうではありませんが、たまにそのお店を通りすがりですがみるこがあります。ずいぶんと高いお値段がついていて吃驚することがあります。そして、店員さんに囲まれて無理やり売付けられるのではたまったことではないなと感じます。どうぞ皆さんもお気をつけください。
 しかし、前述の日本の文化については私も大変気になります。改めて自分なりの考えを整理して、このブログで申し上げたいと思います。

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私は昭和19年生まれの

 私は昭和19年生まれの零細な呉服小売業を営むものです。 もう、ずいぶん古い話ですが、昭和40年代に脱サラをし、いま考えれば大変無茶なことですが、たいした資本もないまま、いまのこの商売を始めました。最初は僅かほんの4坪の貸店でスタートしたのです。確かに必死の努力もしましたし、幸運にも恵まれました。そして、開業後2,3年で商売は軌道に乗り、店舗も自分のものになり、店の広さも拡張につぐ拡張で、人並みの店になり、まあ、商売とはこんなものかと考えました。しかし、世の中そんなに甘いものではありません。昭和50年代に入り、普段着、日常着としてのきものが急速に消滅し、世のきものの需要は礼装用のものに大きく傾くようになりました。しかし、当時日本の景気は多少の曲折はありながらも、順調に拡大を続けており、愚かな呉服業界は消費者が高額な品を求めることに依存して、生産者も、販売者も目先の利を追うことのみに終始していました。そして、呉服の消費は50年代後半から縮小が始まったのです。私の苦闘もこのころから始まりました。この頃までは私もできれば商売を早めに引退し、好きな第2の人生を送れたらなと考えていました。しかし、世の中そんなに甘いものではありません。会社の中でも、不祥事がいくつも続き何人もの社員を解雇、退職させざるを得ない状態になり、会社の業績は低迷を続けるようになりました。それでも、この頃まではまだ良かったのです。所謂バブル、景気の過熱の時代でしたから。そして、バブルの崩壊、呉服業にとっては最悪のシナリオが始まったのです。その中で、私どもは再起を期して、現在地へ移転をし現在に至っております。現在、私は若い時分の創業期,我ながら良く働いたと思っていますが、今は、それにも増して働いております。働くのは良いのですが、一番の悩みは時間のないことです。このブログにしてもパソコンに慣れないこともありますが、ブログの書き込みに中々時間が取れません。少しづつ慣れてゆきたいと思っております。

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