切なる願い
前回のブログで首相公選制について申し上げたのですが、今の時代は古き良き時代とは異なり、国の指導者は高い理念を掲げ、的確な判断、素早い対応、強い実行力が不可欠と思います。 現行の議員内閣制は、もはや時代の変化にとてもついて行けるとは思いません。 これはバブル崩壊後の各政権の対応の拙さを考えても、それはそれはお粗末の一語に尽きます。
このお粗末と云うことは、多くの国民に大きな苦しみを与えたことです。しかしながらバブルの発生時も、崩壊時も何れも、極めて不適切な対応をしながら、誰も責任を取らない、総理であれ、大臣であれ国会の議員も、官僚も。 これが大したことで無いのなら、私も、これほどは申し上げません。しかし、これが如何に大きな問題であったかは、疑いのない事実です。 私の周りでも、この間、倒産に継ぐ倒産がばたばたと起こり、これは現在でも続いております。 これが倒産だけなら未だしも、その後の倒産された方の生活の悲惨さを、見聞きすれば、私ならずとも怒りを感じざるを得ないのです。何代もに渡って地道に蓄えてきた資産を数年の間に無くし、路頭に迷うようなことを見るのは、本当に胸の痛い思いです。 しかも更には自殺までしてしまうのでは、見るばかりでなく聞くにも耐えません。こんな時代はもう懲り懲りです。
これは構造不況の私ども業界だけのことだけでははありません。かって、ご贔屓いただいたお客さまもにも大変お辛い目に合っておられる方がいらっしゃいます。ですから、今道路特定財源で話題の国交省の冬柴大臣などを見ていると、虫酸が走ります。正に官僚の傀儡としか思えません。 出身の公明党は少なくも、もう少し国民の目線に立っているのかと、思っておりましたが、馬鹿丸出しで大変失望しました。
私も、この10数年の間で、全ての蓄えを失いました。それでも、馬鹿の一つ覚えのように日本の文化の為と思い、呉服屋を真面目にやってきたつもりです。しかし、世の中は一向に良くなりません。 総理大臣も、各大臣も一体何を目的に政治をしているのでしょうか。国民の運命が、その腕の中にあるとの自覚が余りにもなさ過ぎです。それでも、大臣や議員は余りにも能無しであれば、落選と云うペナルテイもあります。 公務員にはスト権を剥奪された見返りに、手厚い保護があり、不都合があっても簡単に馘首にもならず、減給処分なども実態は名ばかりで、民間とは大きく異なります。しかも、待遇は民では考えられない程の厚遇であり、一度就職したならば、滅多なことでは辞める人はおりません。
例えば、2月16日付けの読売新聞の報道でも、茨城県の筑西市民病院の看護職員の平給与は年間なんと約1、000万円で、片や一般病院では500万円程度と報じられております。 給与格差の酷さもさることながら、長年に渉る公務員厚遇のツケが、国家にしろ、地方にしろ、事勿れ、ツケの後回し、無責任、天下りなどの体質を助長しているのだと思います。これら,公務員を常に綱紀粛正の環境の中で、真に国民の僕として意のままに使いこなしてこそ、行政府の長であると思います。従って、今の議員内閣制では、例え総理になったとしても、派閥順送り大臣を指名せざを得ないのでは、能力ある大臣が生まれる筈もありません。大臣が無能であれば、役人どを使いこなすどころか、逆に体よく使われてしまうのが落ちです。しかし、一日も早く憲法を改正し、首相公選制を果たし、高い理念を持つ総理大臣、議会の思惑などに左右されない能力高い大臣、真に国民のことに思いを致す優秀な官僚、このような時代の到来を心より願います。
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